深田久弥『山の文化館』

関澤  「小林さん、8月10日は、祭日ですが何の日かご存知ですか?」

小林アナ「ハイ、山の日です。例年は8月11日ですが、今年はオリンピック

パラリンピックの関係で、1日ずれて10日になりました」

関澤  「そうです。私も例年ならどこかの山から、中継だと思いますが、

今年は、コロナのおかげで山登りが出来ず欲求不満です。

最初に文章を読みます。

日本は山国である。どこへ行っても山の見えない所はない。市や町や村を

見おろす形のいい山が立っていて、そこの学校の校歌に必ず詠み込まている。

日本の国民は、たいてい山を見ながら育った。

日本人ほど山を尊び山に親しんだ国民は、世界に類がない。

この文章は、深田久弥の「日本百名山」の後記に書かれています。

彼は、北海道の利尻岳から、九州屋久島の宮之浦岳まで、日本中の山を登り

その中から、百の山を選び「日本百名山」の本を出版しました。

もちろん富山県から、立山、剣岳、そして薬師岳が選ばれています。

その深田久弥が、お隣の石川県大聖寺町出身で『山の文化館』の資料館が、

あるので昔のお嬢さん二人と私の三人で、行ってきました」

小林アナ「関澤さんは、いつも昔のお嬢さんと行かれますね」(笑)

関澤  「若いお嬢さんは、何を話したらいいか分からず、昔のお嬢さんは

気楽だし、もし間違いがあっても心配ないですから。(笑)

大聖寺は、江戸時代には大聖寺藩が置かれた所で、町中に何本も川が流れ、

趣のある落ち着いた町です。しかし、道は狭く、曲がりくねっている為、

中々『山の文化館』にたどり着けず、昔の青年に聞くと『道は複雑だから、

わたしが先走るけイ、後ついて来られ』と言われ、曲がりくねった道を、

必死について行くと、ようやく着きました。

その建物は、樹齢三百年の大きな銀杏の木を始め、数本の大木に囲まれ、

明治に建てられた絹織物工場を改装した建物で、洋館建てでハイカラです。

『山の文化館』の中には、深田久弥の小説、俳句、ヒマヤラ、ネパール旅行記

等があり、様々な山の写真が山の様に飾られています。

館長に、なぜ深田久弥は、これ程山に取り憑かれたのか聞くと、

『小学校五年生の時、近所の人と山に登った時、元気によく登ったと、

褒められそれから山好きになった。人間褒められる事は誠にいい事だ』

帰り道、昔のお嬢さんは「山登りが出来ず、ウズウズしていたけど、

山の文化館へ来たおかげで、山登りした様にスッキリ爽やかになった」と。

 

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