今、源平の戦いが熱い!

先週の週刊現代に、木曾義仲の倶利伽羅と源義経の雨晴が、写真入りで紹介

されていまし、週刊大衆にも源平の戦いが特集されていました。

これは、NHK の今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の影響で、源平の戦い

に注目が集まっているからです。

しかし、小矢部市に関係が深い木曾義仲は、いつ登場するのか小矢部市の

関係者に聞くと「4月から約1ヶ月間、義仲が登場します。いきなり観ても

流れが分からないと思いますから、今週の日曜日から観て下さい」と、

しっかり番宣されました。

木曾義仲の事は、ご存知の方も多いと思いますが、簡単に紹介します。

義仲は、1154年、武蔵国(現在の埼玉県)に生まれ、2才の時、父(源義賢)

が殺され信濃国(現在の長野県)に逃れ、中原兼遠の庇護のもと成長します。

1180年、高倉宮(以仁王)の命令で平家打倒のため挙兵します。

1183年、北陸道を通って京都へ進軍する途中、10万の平家軍と

倶利伽羅峠で対峙して、奇襲作戦『火牛の計』によって平家の大軍を

打ち破ります。平家の都落ち後京都に入り、朝日(旭)将軍の称号を賜る。

1184年、粟津ヶ原(現在の大津市)で討死。享年31才。

いよいよ今日の本題、義仲にまつわる女性たちです。

義仲は、中々のイケメンで側室、妾のみならず、妹、息子の妻、孫娘、

配下の侍の娘など、義仲にまつわる多くの伝承があります。

先ず巴御前は、女である事を理由に戦線離脱を命じる義仲に対して巴は、

「最後の戦」として、聞こえたる大力で敵の恩田八郎の首をねじ切って、

去って行ったと「平家物語」に女性の美しさと武力に強い女性として

記されています。その他、山吹御前は平家物語では「山吹はいたはりあツて

都にとどまりぬ」と。

もう1人は、葵御前で巴御前と共に倶利伽羅合戦の戦いで討ち死したと

源平盛衰記に書かれています。

それで、巴御前が本妻であったかと思いきや、源平盛衰記では義仲は、

信州に残した妻子に自分の死を知らせてくれと頼んだ、と言うことは

信州に本妻が居たことになる。

私は、1人の妻で手こずっているのに、義仲は何人も妻や愛人がいて凄いと

思いますが、義仲を反対のにすると仲良しになる。名は体を表す?

4月24日、クロスランドおやべで「木曾義仲、巴御前プレミアムトーク」が

開催されます。木曾義仲役の青木崇高さん、巴御前役の秋元才加がさんが

出席されます。

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